HOME > 施設案内 > 箱根ハイランドホテルの歴史 > 1950年代〜
ゲストの憩いの場所だったロビー
團琢磨氏が建てた別邸の良さをそのまま活かして、息子の伊能氏がホテルとして開業したのは1957年(昭和32年)5月25日。新緑が美しい季節のことでした。
伊能氏は、三井グループの支援を受けて、大正14年に建てた別邸を改築。ホテルの本館をスイス風に“シャレー”と呼び、隣接して別棟に食堂と和室を作り、庭には7棟の“カテージ”を新築。全18室のホテルとしてスタートしました。『箱根ハイランドホテル』の名前は、伊能氏が好きだったイギリス北部の“ ハイランド地方”からとったものです。別邸には琢磨氏がしとめた鹿の剥製があったことから、鹿がホテルのシンボルマークになりました。
クラシックな趣のホテルフロント
長期滞在のお客様に人気だったコテージ
国道沿いのホテル看板
海外経験も豊富な伊能氏がめざしたのは、「品格のあるホテルに」ということでした。当初の宿泊客は、三井系列会社などの團家と交流のある方たちが多く、とくに夏は避暑に訪れる人で連日満室。しかも数週間やひと月単位で長期滞在する方がほとんどで、帰るときに翌年の予約を入れていくといった具合でした。
團家ゆかりのゲストから始まったホテルの評判は、政財界で活躍する人たちをはじめ俳優、スポーツ選手などに広まり、元外務大臣の藤山愛一郎氏など、多くの著名人もプライベートで訪れるようになりました。
1961年(昭和36年)に、ホテルは小田急グループの系列に加わることになりました。上質で温かなおもてなしの心はそのままに──開業当初からの團家のこだわりは、このあとも大切に受け継がれていきました。












